
ヴァイシュナヴァ
バジャン
Markine Bhagavata Darma
マルキネー バガヴァタ ダルマ
作詞:シュリーラ・プラブパーダ
(1)
バロ クリパー カイレ クリシュナ ヤダメラ プラティ
baro-kṛpā kaile kṛṣṇa adhamer prati
キ ラーギヤーニレ ヘター コロ エベ ガティ
ki lāgiyānile hethā koro ebe gati
(2)
アーチェ キチュ カールジャ タバ エイ アヌマーネ
āche kichu kārja taba ei anumāne
ナヘ ケノ アーニベン エイ ウグラ スターネ
nahe keno āniben ei ugra-sthāne
(3)
ラジャス タモ グネ エラー ショバーイ アーッチャンナ
rajas tamo guṇe erā sabāi ācchanna
バースデブ カター ルチ ナヘ セ プラサンナ
bāsudeb-kathā ruci nahe se prasanna
(4)
タベー ジャディ タバ クリパー ホーイ アハイトゥキー
tabe jadi taba kṛpā hoy ahaitukī
サカル イ サンバヴァ ホイー トゥミ セ カウトゥキー
sakal-i sambhava hoy tumi se kautukī
(5)
キ バーヴェー ブジハーレー ターラー ブジュヘー セーイ ラサ
ki bhāve bujhāle tārā bujhe sei rasa
エータ クリパー コーロー プラブゥ コーリ ニジャ バシャ
eta kṛpā koro prabhu kori nija-baśa
(6)
トマーラ イッチャーヤ サバ ホイ マーヤー バシャ
tomāra icchāya saba hoy māyā-baśa
トマーラ イッチャーヤ ナーシャ マーヤール パラーシャ
tomāra icchāya nāśa māyār paraśa
(7)
タバ イッチャー ホイ ジャディ ターデラ ウッダール
taba icchā hoy jadi tādera uddhār
ブジュヒベ ニシュチャイ タベ カター セ トマール
bujhibe niścai tabe kathā se tomār
(8)
バーガヴァテル カター セ タバ アヴァタール
bhāgavater kathā se taba avatār
ディーラ ハイヤー シュネ ジャディ カーネ バール バール
dhīra haiyā śune jadi kāne bār bār
ceta etair anāviddhaṁ
dṛṣṭa evātmanīśvare
(9)
ラジャス タモ ハテ タベ パーイベ ニシュタール
rajas tamo hate tabe pāibe nistār
フリダィエ アバドゥラ サテ グチベ ターハール
hṛdayer abhadra sate ghucibe tāhār
(10)
キ コレ ブジュハーボ カター バロ セイ チャーヒ
ki ko're bujhābo kathā baro sei cāhi
クドゥラ アーミ ディナ ヒーナ コノ シャクティ ナーヒ
khudra āmi dīna hīna kono śakti nāhi
(11)
アトゥハチャ エネチョ プラブ カター ボリバーレ
athaca enecho prabhu kathā bolibāre
ジェ トマール イッチャー プラブ コーロー エイ バーレ
je tomār icchā prabhu koro ei bāre
(12)
アキラ ジャガトゥ グル バチャナ セ アーマル
akhila jagat-guru! bacana se āmār
アランクリタ コリバール カマター
alaṅkṛta koribār khamatā tomār
(13)
タバ クリパー ハレ モル カター シュダ ハベ
taba kṛpā ha'le mor kathā śuddha habe
シュニヤー サバーラ ショカ ドゥカ ジェ グチベ
śuniyā sabāra śoka duḥkha je ghucibe
(14)
アーニヤーチョ ジャディ プラブ アーマーレ ナーチャーテ
āniyācho jadi prabhu āmāre nācāte
ナーチャオ ナーチャオ プラブ ナーチャオ セ マテ
nācāo nācāo prabhu nācāo se-mate
カーステラ プッタリ ジャター ナーチャオ セ マテ
kāṣṭhera puttali jathā nācāo se-mate
(15)
バクティ ナーイ ベダ ナーイ ナーメ クブ ダロ
bhakti nāi beda nāi nāme khub daro
バクティヴェダーンタ ナーム エネ サールタク コル
"bhaktivedānta" nām ebe sārthak kor
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親愛なる主よ、あなたはこのような役に立たない魂にもとても優しいですが、なぜ私をここに連れてこられたのか、分かりません。どうかお好きなようになさってください。
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しかしきっと何か目的がおありなのでしょう。でなければ、なぜこれほど恐ろしいところに私を連れこられたのでしょう?
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ここにいる人々のほとんどが無知と激情の物質的様相に覆われています。彼らは物質的生活に没頭し、自分が幸せで満足していると勘違いしているがゆえに、ヴァースデーヴァの超越的なメッセージに興味をもっていません。どうすれば彼らが理解してくれるか、分かりません。
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しかし最も熟達した神秘家であるあなたの無償の慈悲は全てを可能にすることを知っています。
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彼らはどう献身奉仕の味わいを理解するのでしょう?主よ、あなたの教えについて彼らを説得できるようにご慈悲を授けてくださるよう、お祈りを捧げます。
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あなたのご意思によって、全ての生命体は幻想エネルギーの支配下に置かれました。ですから、もしお望みであれば、あなたのご意思で彼らは幻想の手中から解放されるでしょう。
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どうか彼らを解放するよう、あなたに願います。ですから、あなたが彼らの解放を望んでのみ、彼らはあなたの教えを理解することができるしょう。
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シュリーマド・バーガヴァタムの言葉はあなたの化身であり、冷静な人が従順に繰り返しその言葉を傾聴すれば、あなたの教えを理解することができるでしょう。シュリーマド・バーガヴァタムにはこう書かれています。(1-2-17〜21)
「人格神であるシュリー・クリシュナは全生命の内に住むパラマートマー [至高の魂]であり、誠実な献身者に恩寵を差し伸べる方である。主の教えは、それ自体が美徳に満ちているが、その美徳は正しく聞き、そして語られるときのみ理解される。主はそのような教えを聞く熱意を高めた献身者の心から、物質的楽しみに対する欲望を洗い流してくださる。定期的にバーガヴァタムの法話に参加し、純粋な献身者に仕えることで心の中のあらゆる困難がほぼ完璧に根絶され、超越的な詩歌によって讃えられている人格神への愛情奉仕が、不動の事実として心に刻まれる。心の中で主への愛情奉仕が不滅のものとして築かれる時、欲情、欲望、切望といった激性と無知の影響は心から消えていく。その時、献身者は徳性に立脚し、完全に幸福になる。純粋無垢な徳性に立脚し、主に献身奉仕をして活気あふれる心を持つようになった人物は、物質的な物事全てから解放された境地の中で、明晰かつ科学的な人格神の知識を獲得する。こうして心の中の結び目は刺し貫かれ、疑いは消える。果報的活動の鎖は、自己(精神魂)を主人として見るときに断ち切られるのである。」
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彼は無知と激情の様相の影響から解放され、それゆえに心の中心に溜まっていた不吉なものが全て消えていきます。
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どうやって彼らにクリシュナ意識の教えを理解させればいいのでしょう?私はとても不幸で、資格もなく、最も落ちぶれています。自分ひとりでは力がないので、どうか彼らを説得できるよう、あなたの恩恵を望んでおります。
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どういったわけか、主よ、あなたはあなたについて話すよう、私をここに連れてこられました。さあ主よ、それはあなた次第です。私が成功をおさめるのか失敗するのかあなたのお好きなようにお任せします。
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全世界の精神指導者よ!私はあなたの教えをただ繰り返すことしかできません。ですから、もしお望みであれば、彼らの理解に適した話ができるよう、力を授けてください。
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あなたの無償な慈悲によってのみ、私の言葉は純粋になります。この超越的なメッセージが彼らの心に沁み入れば、彼らは喜びを感じ、人生の不幸な状況全てから解放されることを、私は確信しています。
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主よ、私はあなたの手によって操られる人形です。もし踊るためにここに連れてこられたのであれば、どうか踊らせてください。踊らせてください。主よ、好きなように踊らせてください。
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私は献身も、識も何もありませんが、クリシュナの聖なる御名への強い信念は持っています。私はバクティヴェーダーンタとして指定されました。ですからお望みであれば、バクティヴェーダーンタの本当の意味を果たせるようにしてください。